何か問題が起きた時、私たちはどのように対処しようとするでしょうか。多くの場合、問題が起きた原因を明らかにして、解決を図ろうとすると思います。
しかし、それが最善の方法であるとは限りません。
子供が学校に行きにくくなっている時、なぜ行けないのか理由を知りたいと思うのは、親として当たり前のことです。「どうして学校に行かないの?何か理由があるの?」と聞きたくなることでしょう。
でもすこし想像してみてください。
あなたは仕事でミスをしてしまいました。普段当たり前に出来ていることで、ちょっとしたうっかりミスです。しかしそれは致命的で、しかも期限まで時間がありません。他の人にも迷惑をかけてしまいます。あなたは自分を責めてしまうことでしょう。そこへ上司がやってきて、ヒステリックにあなたを責め始めます。
「どうしてこんなミスをしたんだ?一体どういうつもりなんだ?もう時間がないんだぞ!」
言われても仕方ないことだと思いつつ、うんざりするし、傷ついてしまいませんか。どうしてこんなミスをしたのか、一番あなたを責めているのは、他ならぬあなた自身でしょう。
勿論あなたは、ヒステリックな上司ではなく、子供を愛して、誰よりも心配している存在です。子供もよく分かっています。だからこそ子供にとって、あなたが言葉を選んで声をかけたつもりでも、ヒステリックな上司がガミガミと無神経に責め立てるのと同じくらいのインパクトがあるのです。
学校に行けなくて辛い思いをしているのは子供自身です。他の子が当たり前に出来ていることが出来ない自分を責め、自尊心が低下し、傷つきやすくなっています。ですから、原因を追求するのではなく、子供の心に寄り添う言動を心がけることが大切な時でしょう。